トルコが親日国な理由とは?130年続く歴史を解説

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「トルコって親日国だよね」「トルコでは日本人が歓迎されるらしい」。そんな話を耳にして、なぜそこまで好意的なのか気になったことはありませんか。

この記事では、トルコが世界屈指の親日国と言われる理由を、130年続く歴史のエピソードから現代の文化まで、わかりやすく解説します。トルコを旅行するときに知っておきたい文化の違いや注意点もあわせて紹介します。

結論:トルコが親日国な3つの理由
(1) 1890年のエルトゥールル号遭難事件で、日本の村人が命がけでトルコ人乗組員を救助した
(2) 1905年の日露戦争で、日本が大国ロシアを破りトルコの人々を勇気づけた
(3) 1985年のイラン・イラク戦争時、トルコが「恩返し」として日本人215名を救出した

目次

トルコが世界屈指の親日国になった歴史的な物語

トルコと日本の絆は、最近始まったものではありません。その根っこには、時代を超えて語り継がれる3つの出来事があります。まずは、この歴史を順番に見ていきましょう。

トルコと日本の友好をイメージした北欧イラスト風の一枚

(1) エルトゥールル号遭難事件 – すべての始まり

時は1890年(明治23年)。オスマン帝国(現在のトルコ)の軍艦エルトゥールル号が、明治天皇への表敬訪問を終えて帰国の途につきました。しかし、和歌山県串本町の沖で激しい台風に遭い、船は岩礁に激突して沈没してしまいます。

この事故で乗組員のうち587名が命を落とし、生存者は69名という大惨事となりました。ここから始まる日本人の行動が、両国の運命を変えていきます。

事故を知った串本町の住民たちは、嵐が続くなか危険をかえりみず救助に奔走しました。言葉も通じない外国の船員を、村をあげて介抱したのです。食料が乏しいなかでも、村人は自分たちの食べ物を分け与え、衣服を提供し、生存者を献身的に看護しました。

さらに日本政府は、生存者をトルコまで送り届けるため軍艦「比叡」と「金剛」を派遣しました。これは国際的にも異例のことで、オスマン帝国の人々に深い感動を与えたと伝えられています。この出来事は現在でもトルコの教科書に掲載され、多くのトルコ人が「日本人の心の美しさ」を示す歴史として学んでいます。

(2) 日露戦争 – 大国ロシアを破った衝撃

意外と知られていませんが、トルコの親日感情を語るうえで欠かせないのが1904〜1905年の日露戦争です。

当時のオスマン帝国は、長らくロシア帝国からの圧力に苦しめられていました。そこへ、極東の小国だった日本が大国ロシアを破ったというニュースが届きます。これはトルコの人々にとって「自分たちを苦しめてきた相手に、東洋の国が勝った」という痛快な出来事でした。

その喜びは大きく、当時のトルコでは、日本海海戦を指揮した東郷平八郎にちなんで「トーゴー」という名前を子どもにつけることが流行したとも伝えられています。エルトゥールル号の記憶に、この日露戦争の勝利が重なり、親日感情はさらに強まっていきました。

(3) テヘラン邦人救出作戦 – 恩返しの奇跡

エルトゥールル号の悲劇から約95年後の1985年、今度はトルコが日本に恩を返す番がやってきました。

イラン・イラク戦争が激化するなか、イランの首都テヘランには多くの外国人が取り残されていました。イラク軍による空爆の予告が出され、各国は自国民の救出を急ぎますが、日本だけは救援機の手配が間に合いません。

タイムリミットまであと数時間というとき、トルコ政府が動きました。「エルトゥールル号の恩を忘れていない」として、自国民の救出を後回しにしてでも、日本人を救出すると決めたのです。トルコ航空の特別便が派遣され、215名の日本人全員が無事にテヘランから脱出できました。この救出劇は、両国の友情の深さを改めて世界に示す出来事となりました。

エルトゥールル号(1890)→日露戦争(1905)→テヘラン救出(1985)という約100年の流れが、「困ったときに助け合う」という両国の信頼を積み重ねてきました。

トルコと日本の絆をつくった三大エピソード早見表

ここまで紹介した3つの出来事を、年代と要点で整理しました。トルコが親日国である背景を、ひと目でつかめます。

年代出来事ポイント
1890年エルトゥールル号遭難事件串本町の村人が69名を救助。日本が軍艦で送還
1905年日露戦争での勝利大国ロシアを破りトルコの人々を勇気づけた
1985年テヘラン邦人救出トルコが恩返しとして日本人215名を救出

現代のトルコ人が日本に親しみを感じる理由

歴史的な絆に加えて、現代のトルコ人が日本に好印象を持つ理由もいくつかあります。文化への関心から国民性まで、順番に見ていきましょう。

アニメ・漫画をきっかけにした日本文化ブーム

近年、トルコでも日本文化への関心が急速に高まっています。とくに若い世代のあいだでは、日本のアニメや漫画が高い人気を誇っています。

「ワンピース」「ナルト」といった作品はトルコでも話題となり、コスプレイベントが開催されることもあります。こうした作品を通じて、日本の風景や考え方に親しみを感じる人が増えているのです。武士道や禅、茶道といった伝統文化に興味を示すトルコ人も多く、精神性を重んじる文化的な背景から「道」の概念が理解されやすいようです。

技術大国・日本への尊敬

トルコ人にとって、日本は「技術と品質の国」という強いイメージがあります。

トルコの街を走る車には、トヨタ・ホンダ・日産など日本メーカーのものが多く見られます。「壊れにくく、燃費が良い」として高く評価されています。この技術力への評価が、「日本人は勤勉で、細部にこだわる」という国民性への尊敬につながり、個人レベルでの好印象にも結びついています。

共通する価値観と「おもてなし」の心

トルコと日本は、実は多くの共通点を持っています。

まず、家族を大切にする文化です。トルコでは「アイレ(家族)」が社会の基本単位とされ、多世代で暮らすことも珍しくありません。年長者への敬意や礼儀を重んじる点も、日本の価値観と通じます。さらにトルコには「ミサフィルペルヴェルリキ」という、客人を心からもてなす文化があります。これは日本の「おもてなし」に近く、日本人がトルコを訪れると、街角でチャイ(紅茶)に誘われたり、道を親切に案内してもらえたりすることがよくあります。

「日本人だから特別に優遇される」というより、もともと人懐っこく親切な国民性に、歴史的な親近感が加わっている、と考えるとしっくりきます。

同じ親日国でも、国によって背景はさまざまです。中央アジアの親日事情に興味がある方は、こちらの記事もあわせてどうぞ。

トルコを訪れる日本人が知っておきたい注意点

トルコでの交流を安心して楽しむために、事前に知っておきたいポイントを整理します。親日国とはいえ、海外旅行の基本的な注意は必要です。

場面気をつけたいこと
親切と勧誘の見極め親しげな誘いのなかには、絨毯店やカフェへの勧誘が混じることも
金銭トラブル知らない人についていかない。高額商品の購入は慎重に
宗教への配慮モスクでは長袖・長ズボン、女性はスカーフを用意
治安人混みではスリに注意。危険情報の出ている地域には近づかない

親切心と勧誘を見極める

トルコ人の親切さは本物ですが、なかにはそれを装った勧誘もあります。親しくなったふりをしてカフェに誘い高額な料金を請求したり、観光客を絨毯店に連れて行き高額な商品を売ろうとしたりするケースです。

基本は「知らない人にいきなりついていかない」「その場の勢いで高額な買い物をしない」の2つ。多くのトルコ人は純粋に親切なので、過度に警戒する必要はありませんが、この線引きは覚えておくと安心です。

宗教と文化への配慮

トルコは国民の多くがイスラム教徒ですが、政教分離をとる現代的な国家です。宗教との関わり方は人によって幅があり、熱心な信者もいれば、そうでない人もいます。

モスクを見学するときは、長袖・長ズボンなど適切な服装を心がけ、礼拝の邪魔をしないよう静かに見学しましょう。女性はスカーフを持参すると安心です。ラマダン(断食月)の期間は、日中の飲食に少し配慮を示すと、より気持ちの良い交流ができます。露出の多い服装は、宗教的な理由だけでなく誤解を避けるためにも控えめにしておくのがおすすめです。

渡航前には、外務省の「海外安全ホームページ」で最新の治安情報を必ず確認しましょう。危険情報が出ている地域には近づかないことが大切です。

持ち物選びで迷ったら、季節ごとの海外旅行の持ち物ガイドも参考になります。

トルコ旅行で役立つ基本のあいさつ

イスタンブールやアンカラなどの主要都市、観光地では英語が比較的よく通じます。ただ、簡単なトルコ語のあいさつを覚えておくと、現地の人との距離がぐっと縮まります。

日本語トルコ語(読み方)
こんにちはMerhaba(メルハバ)
ありがとうTeşekkür ederim(テシェッキュル・エデリム)
すみませんÖzür dilerim(オズュル・ディレリム)
さようならHoşça kalın(ホシュチャ・カルン)

こうしたひとことを使うだけで、トルコの人はとても喜んでくれます。旅先での会話のきっかけにもなるので、ぜひ覚えていってください。

よくある質問

トルコが親日国になった一番の理由は何ですか?

最大のきっかけは、1890年のエルトゥールル号遭難事件です。串本町の村人が命がけでトルコ人乗組員を救助したこの出来事は、今もトルコの教科書に載っています。さらに日露戦争での勝利や1985年のテヘラン邦人救出が重なり、親日感情が深まりました。

日露戦争もトルコの親日感情に関係しているのですか?

はい。長くロシアの圧力に苦しんでいたトルコにとって、極東の小国だった日本が大国ロシアを破ったことは大きな喜びでした。東郷平八郎にちなみ「トーゴー」という名を子どもにつけることが流行したとも伝えられています。

トルコで日本人だと伝えると、本当に反応が変わりますか?

多くの場合、日本人だと伝えると表情が明るくなり、親しみやすく接してくれる傾向があります。エルトゥールル号の話を持ち出してくれることもあります。ただし、これは友好的な関心の表れなので、特別扱いを期待しすぎず、謙虚な態度で接するのが良い関係を築くコツです。

親日国とはいえ、注意すべきことはありますか?

あります。親切を装った絨毯店やカフェへの勧誘、人混みでのスリなど、海外旅行の基本的な注意は必要です。知らない人にいきなりついていかない、高額な買い物はその場の勢いで決めない、といった点を意識すれば安心して楽しめます。

まとめ:歴史を知ると、トルコ旅行はもっと楽しくなる

トルコが世界屈指の親日国である背景を、最後に振り返ります。

この記事のポイント
・親日の原点は1890年のエルトゥールル号遭難事件
・日露戦争での勝利がトルコの人々を勇気づけた
・1985年のテヘラン救出は「恩返し」として今も語り継がれる
・現代はアニメ・技術・おもてなし文化が親近感を後押し
・親日国でも海外旅行の基本的な注意は忘れずに

トルコで日本人が温かく迎えられる背景には、100年以上かけて積み重ねられた信頼があります。この歴史を知ったうえで、一人の人間として誠実に向き合えば、単なる観光以上の心に残る出会いが生まれるはずです。世界の国々の歴史や文化に興味がわいたら、こちらの記事もどうぞ。

※本記事の歴史的な内容は、和歌山県串本町の公式情報やWikipediaなどの一般的な資料を参考にまとめています。

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