テディベアの名前の由来は?ルーズベルト大統領の熊狩りと誕生した2つの説

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くまのぬいぐるみを、なぜ「テディベア」と呼ぶのでしょうか。毎日のように目にする言葉なのに、「テディ」が何を指すのかは意外と知られていません。人の名前のようにも聞こえるし、ぬいぐるみの種類の名前のようにも思えます。

この記事では、テディベアという名前が生まれたきっかけ、最初のテディベアを作ったとされるアメリカとドイツの2つの起源、そして「テディズ・ベア」が今の呼び名として定着するまでを順にまとめます。

「テディ」は、アメリカの第26代大統領セオドア・ルーズベルトの愛称です。1902年の熊狩りで、大統領が縛られた熊を撃たなかった出来事が新聞の風刺画で広まり、それにちなんで作られたくまのぬいぐるみが「テディのくま(Teddy’s bear)」と呼ばれるようになりました。

目次

テディベアの名前の由来は「テディ」=ルーズベルト大統領の愛称

結論から言うと、テディベアの「テディ」は人の名前で、アメリカのセオドア・ルーズベルト大統領(在任1901〜1909年)を指します。英語の「Teddy bear」は、直訳すると「テディのくま」です。ここでは、まず「テディ」がなぜルーズベルトのことになるのかを説明し、そのあとで名前の元になった出来事の概要を紹介します。詳しいいきさつは次の見出しで取り上げます。

「テディ」はセオドアの愛称

英語圏では、正式な名前を短くしたり、形を変えたりした愛称で人を呼ぶ習慣があります。ロバートが「ボブ」、ウィリアムが「ビル」になるのと同じように、セオドア(Theodore)の愛称のひとつが「テディ(Teddy)」です。テディはエドワードの愛称として使われることもありますが、テディベアの場合はセオドア・ルーズベルトのことです。

ルーズベルトは、新聞や世間から「テディ」の愛称で呼ばれる、親しみのある大統領でした。そのため「テディのくま」と聞けば、当時のアメリカ人には「大統領のくま」の意味がすぐに伝わりました。ちなみに、のちに第32代大統領になるフランクリン・ルーズベルトは遠い親戚で、テディベアとは関係がありません。

由来になったのは1902年の熊狩り

名前のきっかけは、1902年11月にルーズベルトがミシシッピ州で参加した熊狩りです。獲物が見つからずにいた大統領のために、案内役の一行が1頭の熊を追い詰めて木に縛りつけ、「これを撃ってください」と差し出しました。ところがルーズベルトは、縛られて動けない熊を撃つのはスポーツマンらしくないとして断ります。

この話が新聞の風刺画に描かれて評判になり、それを見たおもちゃ職人が作ったくまのぬいぐるみが「テディのくま」として売り出されました。つまりテディベアは、大統領の人柄を伝える1つの逸話から生まれた名前なのです。

1902年、ミシシッピの熊狩りで何があったのか

テディベアの名前を語るうえで欠かせないのが、1902年11月の熊狩りです。この出来事は、話が伝わるうちに「かわいそうな子熊を助けた」という美談に変わっていきましたが、実際の様子は少し違います。当時のルーズベルトは44歳で、前年の1901年9月にマッキンリー大統領が暗殺されたのを受けて就任したばかりでした。ここでは、熊狩りで本当に起きたこと、その様子を全米に広めた新聞の風刺画、そして「テディ」と呼ばれることを本人がどう感じていたかを、順に見ていきます。

秋の森の中で、口ひげと丸眼鏡の狩猟服姿の男性が、木のそばにいる熊に向かって手のひらを向け「撃たない」と制している場面。周りに猟犬と案内役の人物

縛られた熊を撃たなかった理由

1902年11月、ルーズベルトはミシシッピ州知事の招きで、州内の森で熊狩りに参加しました。熊狩りの名人として知られた案内役のホルト・コリアーが猟犬で熊を追いましたが、大統領が野営地に戻っている間に熊は追い詰められます。コリアーは傷ついた熊を柳の木に縛りつけ、大統領を呼びに行きました。

駆けつけたルーズベルトは、縛られて身動きのできない熊を撃つことを拒みました。逃げられない動物を撃つのは公正な狩りではない、という考えからです。ただし熊は猟犬との格闘でひどく傷ついていたため、苦しみを長引かせないよう別の者がとどめを刺したと伝えられています。「熊を逃がしてあげた」という話は、のちに広まった脚色です。

撃たなかった熊は、絵本や紹介記事では小さな子熊として描かれることが多いですが、実際に縛られたのは大人の熊でした。子熊の姿は、次に紹介する風刺画が広めたイメージです。

新聞の風刺画で全米に広まった

この出来事を描いたのが、ワシントン・ポスト紙の漫画家クリフォード・ベリーマンです。1902年11月16日付の紙面に、狩猟服姿のルーズベルトが縄でつながれた熊を前に、手を上げて撃つのを断る風刺画が載りました。題名は「Drawing the Line in Mississippi(ミシシッピで一線を引く)」です。

この絵は、時事の話題をいくつも並べて描く「The Passing Show」という欄の一コマでした。実際に縛られたのは大人の熊でしたが、絵の中の熊は小さな子熊として描かれ、これが「かわいそうな子熊」のイメージのもとになります。ベリーマンはその後の絵でも、この子熊をルーズベルトの横に描き続けました。大統領といえば熊、という結びつきは、この連作で人々に定着したのです。

本人は「テディ」と呼ばれるのを好まなかった

意外なことに、ルーズベルト本人は「テディ」という愛称を好まなかったと伝えられています。子どものころに家族から呼ばれた名前で、大人になってからは子どもっぽく感じていたようです。親しい人たちは、イニシャルの「T.R.」や、米西戦争で義勇騎兵隊を率いたことにちなむ「大佐(Colonel)」と呼びました。

それでも世間には「テディ」の呼び名が広く浸透しており、新聞も好んでこの愛称を使いました。本人があまり好まなかった呼び名が、100年以上たった今も世界中のぬいぐるみの名前として残っているのは、少し皮肉なめぐり合わせといえます。

最初のテディベアはどこで生まれた?アメリカとドイツの2つの起源

名前の由来がアメリカの大統領であることははっきりしていますが、「最初のテディベアを作ったのは誰か」については、2つの答えがあります。アメリカのミットム夫妻と、ドイツのシュタイフ社です。両者はほぼ同じ時期に、互いを知らないまま、くまのぬいぐるみを作っていたとされます。シュタイフ社は、もともとフェルトで作った小さな象の針刺しが評判になって始まった会社でした。それぞれのいきさつを見たうえで、違いを表で比べます。

アメリカ:ミットム夫妻の「テディズ・ベア」

ニューヨークのブルックリンで菓子や雑貨の店を営んでいたモリス・ミットムは、ベリーマンの風刺画を見て、くまのぬいぐるみを作ることを思いつきました。縫ったのは妻のローズです。夫妻は完成したくまを店のショーウィンドウに飾り、「Teddy’s bear(テディのくま)」という札を付けました。

ミットムは、ぬいぐるみの1体を大統領に送り、その名前を使ってよいかと許可を求めたといわれます。ルーズベルトはこれを了承したと伝えられています。くまはよく売れ、ミットムはのちに玩具会社「アイデアル・ノベルティ・アンド・トイ社」を立ち上げ、くまのぬいぐるみを量産しました。

ドイツ:シュタイフ社の「55PB」

同じころ、ドイツ南部のギンゲンでは、フェルト製のぬいぐるみを作っていたマルガレーテ・シュタイフの会社で、甥のリチャード・シュタイフが新しいくまを考えていました。動物園のくまを観察して描いたスケッチをもとに、手足が動く本物らしいくまを作ろうとしたのです。こうして1902年にできたのが「55PB」です。

55PB の「55」は大きさ(センチメートル)、「P」はドイツ語のぬいぐるみ用の生地 Plüsch(プラッシュ)、「B」は手足が動く beweglich を表すとされます。1903年3月のライプツィヒの見本市ではあまり注目されませんでしたが、会期の終わりにアメリカの商社のバイヤーが目に留め、3,000体を注文しました。このくまがアメリカで「テディベア」として売られ、シュタイフの名を世界に広めるきっかけになりました。

アメリカ説とドイツ説の比較

2つの起源を並べると、次のようになります。「名前」はアメリカ、「手足が動くくまの形」はドイツと、それぞれが今のテディベアの要素を持ち寄っていることがわかります。

項目アメリカ(ミットム夫妻)ドイツ(シュタイフ社)
作った人モリス・ミットムと妻ローズリチャード・シュタイフ(マルガレーテ・シュタイフの甥)
きっかけルーズベルトの熊狩りを描いた風刺画動物園のくまの観察
時期1902年の風刺画の直後1902年に試作、1903年の見本市に出品
呼び名最初から「Teddy’s bear」当初は型番の「55PB」。アメリカで「テディベア」として広まる
その後アイデアル社として量産手足の動くくまの代表的なメーカーに

どちらが「元祖」かは今も意見が分かれます。ただ、名前が付いたいきさつに限れば、ルーズベルトの熊狩りと風刺画が出発点であることは、どちらの説でも変わりません。

「Teddy’s bear」が「テディベア」になるまで

最初は「テディのくま」という、特定の人物にちなむ呼び名でした。それがやがて、大統領と関係なく、くまのぬいぐるみ全般を指す言葉として使われるようになります。英語では今、略して「teddy」と言うだけでテディベアの意味で通じるほどです。ここでは、固有の名前が一般の言葉に変わっていった流れと、日本で「テディベア」と「くまのぬいぐるみ」がどう使い分けられているか、そして10月27日の記念日について紹介します。

固有名から一般名詞へ

ミットムの店の札にあった「Teddy’s bear」は、くまが売れるにつれて所有を表す「’s」が抜け、「teddy bear」という1つの言葉として使われるようになりました。くまのぬいぐるみは1900年代の初めにアメリカで大流行し、多くのメーカーが「テディベア」の名で売り出したため、名前は特定の商品ではなく、くまのぬいぐるみ全体を指す呼び名になっていきます。

ルーズベルトの側も、くまを自分の象徴として受け入れていたようです。大統領の周りの行事や選挙の場で、くまのぬいぐるみが飾られることもありました。人気のある大統領の愛称と、親しみやすいくまの姿が組み合わさったことが、名前が定着した大きな理由と考えられます。

テディベアとくまのぬいぐるみの違い

日本では、くまのぬいぐるみ全般を「テディベア」と呼ぶこともあれば、特定の作りのものだけを指すこともあります。言葉としての厳密な決まりはありませんが、愛好家やメーカーの間では、次のような特徴を持つくまを「テディベア」と呼ぶことが多いようです。

  • 首と両手両足が動くように、関節(ジョイント)でつながっている
  • モヘアなど毛足のある生地で作られ、本物のくまに近い顔立ちや体つきをしている
  • 座らせたり、ポーズをとらせたりできる

一方、手足が動かないくまや、アニメのキャラクターとして作られたくまは、ふつう「くまのぬいぐるみ」と呼ばれます。ただし日常会話ではどちらの呼び方でも通じるので、使い分けにこだわる必要はありません。キャラクターのぬいぐるみの選び方は、次の記事も参考になります。

10月27日はテディベアズ・デー

10月27日は「テディベアズ・デー」と呼ばれ、テディベアにちなむ日とされています。この日付は、ルーズベルトが1858年10月27日にニューヨークで生まれたことにちなんでいます。名前の由来になった人物の誕生日が、そのままテディベアの記念日になっているわけです。

この時期には、テディベアの展示やイベントを行う施設もあります。お気に入りのくまを飾ったり、名前の由来を家族で話題にしたりと、気軽に楽しめる日です。

名前の由来を知ると楽しくなる、テディベアにまつわる話

テディベアの歴史をたどると、名前の由来のほかにも、知っておくと話のたねになるエピソードがいくつもあります。世界でいちばん有名なくまのキャラクターのモデル、シュタイフのくまの耳についている小さなボタン、そして今も博物館に大切に残されている初期のテディベアです。耳のボタンは1904年、プーさんのモデルのくまは1921年の話で、どれもテディベアが生まれてから20年ほどの間の出来事です。名前の由来とあわせて知っておくと、テディベアを見る目が少し変わるはずです。

くまのプーさんのモデルもテディベア

イギリスの作家A・A・ミルンが書いた『クマのプーさん』は、息子のクリストファー・ロビンが持っていたテディベアがモデルです。このくまは、1921年にクリストファーの1歳の誕生日に贈られたものでした。プーさんの名前の「ウィニー」は、ロンドン動物園で人気だったカナダ生まれの黒くま「ウィニペグ」から取られています。

クリストファーが実際に遊んだプーさんのぬいぐるみは、ロバやコブタなどの仲間のぬいぐるみと一緒に、現在はニューヨーク公共図書館で展示されています。物語のプーさんもまた、テディベアの歴史の一部なのです。

木の棚に、手足の関節が動く茶色いモヘアのテディベアが座っている。片耳に小さな丸いボタン。そばに古い絵本と毛糸玉

シュタイフの「耳のボタン」

シュタイフのテディベアの左耳には、小さな金属のボタンが付いています。これは「ボタン・イン・イヤー(Knopf im Ohr)」と呼ばれる商標で、1904年から使われています。くまのぬいぐるみの人気が高まるにつれて似た商品が増えたため、自社の製品だとひと目でわかる印を付けたのが始まりです。

ボタンのデザインは時代によって少しずつ違うため、古いシュタイフのくまでは、作られた年代を見分ける手がかりにもなっています。今もシュタイフの製品には同じボタンが付けられていて、テディベアの歴史を受け継ぐ目印になっています。

博物館に残る初期のテディベア

ミットムが作った初期のテディベアの1体は、アメリカ・ワシントンのスミソニアン協会の国立アメリカ歴史博物館に収められています。1963年にミットム家からルーズベルトの孫のカーミット・ルーズベルトに贈られ、翌1964年に博物館へ寄贈されたものです。一方、シュタイフが最初にアメリカへ送った 55PB は、現存するものが見つかっていません。

100年以上前のぬいぐるみが今も残っているのは、持ち主が大切に保管してきたからです。家にあるお気に入りのくまも、ほこりや日焼けを防ぐ工夫をしておくと長く楽しめます。

テディベアの名前の由来に関するよくある質問

テディベアの「テディ」は誰のことですか?

アメリカの第26代大統領、セオドア・ルーズベルトです。「テディ」はセオドアの愛称で、1902年の熊狩りの逸話にちなんで作られたくまのぬいぐるみが「テディのくま」と呼ばれたのが始まりです。

ルーズベルトは熊を助けたのですか?

縛られた熊を自分で撃つことは断りましたが、逃がしたわけではありません。熊は猟犬との格闘で重い傷を負っていたため、苦しみを長引かせないよう、とどめが刺されたと伝えられています。

最初のテディベアはアメリカとドイツのどちらですか?

どちらとも言い切れません。アメリカのミットム夫妻とドイツのシュタイフ社が、ほぼ同じ時期に別々にくまのぬいぐるみを作ったとされています。名前はアメリカ、手足の動くくまの形はドイツが広めたと考えるとわかりやすいです。

テディベアズ・デーはいつですか?

10月27日です。ルーズベルトの誕生日(1858年10月27日)にちなんでいます。

くまのぬいぐるみをすべて「テディベア」と呼んでもよいですか?

日常会話では問題ありません。愛好家の間では、首や手足が関節で動く本格的なくまをテディベアと呼び分けることが多いですが、言葉として厳密な決まりがあるわけではありません。

まとめ

テディベアの名前は、アメリカのセオドア・ルーズベルト大統領の愛称「テディ」から来ています。1902年のミシシッピの熊狩りで、大統領が縛られた熊を撃たなかった出来事がワシントン・ポスト紙の風刺画で広まり、それを見たミットム夫妻が作ったくまのぬいぐるみが「Teddy’s bear」と名付けられました。

同じころ、ドイツのシュタイフ社も手足の動くくま「55PB」を作り、アメリカで大量に売られました。2つの流れが合わさって、「テディベア」はくまのぬいぐるみ全体を指す呼び名として世界に定着しました。本人が好まなかった愛称が今も愛されているという意外さも、このくまの歴史のおもしろいところです。

  • 「テディ」=セオドア・ルーズベルト大統領の愛称
  • きっかけは1902年11月の熊狩りと、それを描いた新聞の風刺画
  • 最初のくまはアメリカのミットム夫妻とドイツのシュタイフ社がほぼ同時期に作った
  • 10月27日のテディベアズ・デーは、ルーズベルトの誕生日にちなむ

次にテディベアを見かけたら、木に縛られた熊を前に「撃たない」と言った大統領の話を思い出してみてください。いつものくまが、少し違って見えてくるはずです。

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