ニュースで「飛鳥・藤原の宮都(あすか・ふじわらのみやこ)」という言葉を目にして、「どんな場所なんだろう?」と気になった方も多いのではないでしょうか。
2026年7月、この飛鳥・藤原の宮都が新たに世界文化遺産へ登録されました。奈良県にある古代の宮殿跡や古墳などが評価されたものです。
この記事では、飛鳥・藤原の宮都とは何かを、読み方や場所からやさしく整理します。19の構成資産や、実際に訪れるなら見ておきたいスポットまで、まとめて確認していきましょう。
飛鳥・藤原の宮都とは?読み方と基本をわかりやすく
飛鳥・藤原の宮都とは、古代日本の都が置かれた地域に残る、宮殿跡や寺院跡などの遺跡群のことです。まずは「読み方・時代・場所」という3つの基本から押さえていきましょう。
読み方は「あすか・ふじわらのみやこ」
「飛鳥・藤原の宮都」は「あすか・ふじわらのみやこ」と読みます。「宮都」は、天皇の宮殿を中心に整えられた都のことを指す言葉です。
正式な世界遺産としての名称は「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」といいます。ニュースなどでは短く「飛鳥・藤原の宮都」と呼ばれることが多くなっています。
いつの時代?飛鳥時代の宮都
飛鳥・藤原の宮都は、おもに飛鳥時代にあたる6世紀末から8世紀初頭にかけての遺跡群です。日本がひとつのまとまった国家へと形を整えていった、大切な時期にあたります。
この時代には、聖徳太子の活躍や「大化の改新」など、歴史の教科書でおなじみの出来事が起こりました。飛鳥・藤原の宮都は、そんな古代史の舞台がそのまま残された場所ともいえます。
場所は奈良県の明日香村・橿原市・桜井市
飛鳥・藤原の宮都があるのは、奈良盆地の南部です。現在の行政区分でいうと、明日香村・橿原市・桜井市の3つの市村にまたがっています。
豊かな田園風景の中に、宮殿跡や古墳が点在しているのが特徴です。派手なテーマパークのような施設ではなく、のどかな景色ごと古代を感じられる点が、この地域の大きな魅力といえるでしょう。
2026年に世界遺産へ!登録の経緯と評価された理由
飛鳥・藤原の宮都は、2026年7月に世界文化遺産として登録されました。ここでは、登録に至った経緯と、どんな点が評価されたのかを見ていきます。

2026年7月に世界文化遺産へ登録(国内27件目)
2026年7月、ユネスコの世界遺産委員会において、飛鳥・藤原の宮都の世界文化遺産への登録が決まりました。これは日本国内で27件目の世界遺産になります。
登録をめざす活動は長年にわたって続けられてきました。地元の自治体や住民による応援活動が実を結んだかたちで、登録決定のニュースは大きな話題となりました。
なぜ評価された?古代国家の成り立ちを伝える価値
飛鳥・藤原の宮都が評価された大きな理由は、古代日本が中央集権的な国家へと発展していく過程を、遺跡群全体で伝えている点にあります。
この地域では、中国大陸や朝鮮半島との交流のもとで、宮殿や都、寺院、墓などが整えられていきました。個々の遺跡が単独で貴重なだけでなく、それらがひとまとまりになって「国づくりの歩み」を物語る点が、高く評価されたのです。
飛鳥・藤原の宮都は「ひとつの建物」ではなく、宮殿跡・寺院跡・古墳などが集まった遺跡群です。バラバラの史跡ではなく、古代国家が生まれていく流れを全体で伝えている点が世界遺産としての価値とされています。
19の構成資産を3つのグループで整理
飛鳥・藤原の宮都は、全部で19の構成資産からなります。数が多くて覚えにくく感じますが、大きく「宮殿・官衙跡」「仏教寺院跡」「墳墓」の3つに分けて考えると、全体像がつかみやすくなります。
宮殿・官衙(かんが)跡グループ
1つ目は、天皇の宮殿や役所(官衙)があった場所のグループです。「官衙」とは、今でいう役所や政府の機関のことを指します。
中心となるのは、飛鳥宮跡と藤原宮跡です。国の政治が行われた中枢の跡であり、飛鳥・藤原の宮都という名前の由来にもなっている、いわば主役の資産といえます。
仏教寺院跡グループ
2つ目は、飛鳥時代に建てられた寺院の跡のグループです。仏教が日本に本格的に広まっていった時期を伝える、貴重な遺跡が含まれます。
この時代には、大陸から伝わった仏教が国づくりと深く結びついていきました。寺院跡は、当時の人々の信仰や、進んだ建築・造形の技術を今に伝えています。
墳墓(古墳)グループ
3つ目は、有力者や皇族の墓である古墳のグループです。飛鳥・藤原の宮都の中でも、特に知名度が高い資産が多く含まれています。
「飛鳥美人」で知られる極彩色壁画が見つかった高松塚古墳や、四神図・天文図が描かれたキトラ古墳、蘇我馬子の墓との説がある石舞台古墳などが代表例です。教科書やニュースで名前を聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。
特に見ておきたい代表スポット
19の資産すべてを一度に回るのは大変です。初めて訪れるなら、まずは飛鳥・藤原の宮都を代表するスポットに絞るのがおすすめです。ここでは特に見ごたえのある3か所を紹介します。
飛鳥宮跡 ―「乙巳の変」の舞台
飛鳥宮跡は、明日香村にある宮殿跡です。「大化の改新」へとつながった「乙巳(いっし)の変」の舞台になった場所として知られています。
歴史の大きな転換点となった出来事の現場に立てるのは、飛鳥ならではの体験です。広々とした跡地に立ち、当時の政治の中心を思い描いてみると、教科書の歴史がぐっと身近に感じられます。
藤原宮跡 ― 日本初の本格的な都城
藤原宮跡は、橿原市にある宮殿跡です。日本で初めて本格的につくられた都城「藤原京」の中心にあたります。
「都城」とは、道路が碁盤の目のように整えられた、計画的な都のことです。藤原京はその先がけとなり、のちの平城京や平安京へと受け継がれていきました。跡地は広い原っぱになっており、季節の花が楽しめる場所としても親しまれています。
高松塚古墳・キトラ古墳 ― 極彩色の壁画
高松塚古墳とキトラ古墳は、いずれも明日香村にある古墳です。石室の内部に描かれた鮮やかな壁画で、全国的に有名になりました。
高松塚古墳は、上品な女性の群像「飛鳥美人」の壁画で知られています。キトラ古墳は、東西南北を守るとされる四神の図や、天体を描いた天文図が特徴です。近くの施設では、壁画の様子をわかりやすく紹介する展示も行われています。
訪れる前に知っておきたい豆知識と回り方
飛鳥・藤原の宮都は、史跡が広い範囲に点在しています。事前に回り方のイメージを持っておくと、当日ぐっと楽しみやすくなります。ちょっとした豆知識とあわせて確認しておきましょう。
アクセスと巡り方(バス・レンタサイクル)
飛鳥・藤原の宮都の史跡は、それぞれ距離が離れています。徒歩だけで全部を回るのは難しいため、移動手段を上手に組み合わせるのがコツです。
- 路線バスやコミュニティバスで主要スポットを移動する
- レンタサイクルでのんびり景色を楽しみながら回る
- 体力に自信があればハイキング感覚で歩く
のどかな道が多いので、天気のよい日はレンタサイクルが特に人気です。訪れる時期や体力に合わせて、無理のない回り方を選びましょう。

広いエリアなので、朝早めに出発して「今日はこの3か所」と決めておくと、あわてずに回れますよ。
混同しやすい「飛鳥」と「明日香」の表記
この地域について調べていると、「飛鳥」と「明日香」という2つの表記が出てきて、戸惑うことがあります。どちらも「あすか」と読みますが、使い分けにはゆるやかな傾向があります。
一般には、歴史や時代を指すときには「飛鳥時代」「飛鳥宮跡」のように「飛鳥」が使われることが多くなっています。一方、現在の地名としては「明日香村」と書きます。読み方は同じでも表記が変わる、ちょっとおもしろい豆知識です。
よくある質問
- 飛鳥・藤原の宮都は何県にありますか?
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奈良県にあります。奈良盆地の南部で、明日香村・橿原市・桜井市の3つの市村にまたがっています。
- 世界遺産にはいつ登録されましたか?
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2026年7月にユネスコの世界遺産委員会で登録が決まりました。日本国内では27件目の世界遺産です。
- 構成資産はいくつありますか?
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全部で19の構成資産があります。大きく「宮殿・官衙跡」「仏教寺院跡」「墳墓」の3つに分類できます。
まとめ:飛鳥・藤原の宮都を知って訪ねてみよう
飛鳥・藤原の宮都は、飛鳥時代の宮殿跡や古墳などが集まった遺跡群で、2026年7月に国内27件目の世界文化遺産へ登録されました。
- 読み方は「あすか・ふじわらのみやこ」。奈良県の明日香村・橿原市・桜井市にある
- 19の資産は「宮殿・官衙跡」「仏教寺院跡」「墳墓」の3グループで整理できる
- 初訪問なら飛鳥宮跡・藤原宮跡・高松塚古墳やキトラ古墳がおすすめ
ニュースで名前を知った今こそ、飛鳥・藤原の宮都に触れてみる良い機会です。まずは気になる史跡を一つ選んで、古代日本の歩みを感じに出かけてみてはいかがでしょうか。









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