出産予定日が近づくと多くの働く女性が考えるのが、休暇をどのように取得するかということです。法律で保障されている産前休暇を取得せず、有給休暇を活用するという選択肢を検討されている方もいらっしゃるでしょう。
この記事では、産前休暇を取らずに有給休暇で調整する方法について、法的な観点からのポイントやスケジュール例を紹介します。あなたの状況に合ったプランを立てる際の参考にしてください。

産前休暇を取らずに有給で調整できる?
まず最初に確認しておきたいのが、「産前休暇を取らずに、有給休暇で調整することは可能なのか」という点です。結論から言えば、特定の条件下においては可能です。ただし、いくつかの重要なポイントを押さえておく必要があります。
労基法上の位置づけを確認
労働基準法では、産前休業について以下のように定められています。
「使用者は、6週間(多胎妊娠の場合は14週間)以内に出産する予定の女性が休業を請求した場合においては、その者を就業させてはならない」(労働基準法第65条第1項)
ここで重要なのは「女性が休業を請求した場合」という記載です。つまり、産前休業は女性労働者の請求権であり、義務ではないということです。休業を請求しなければ、法律上は就業を継続することが可能です。
ただし、出産予定日の6週間前(多胎妊娠の場合は14週間前)から出産後8週間は、女性の母体保護の観点から設けられた制度です。特に産後休業は、労働者が請求しなくても就業させてはならない強制的な休業期間となっています。
参考:厚生労働省「女性労働者の母性健康管理のために」2023年版
https://www.mhlw.go.jp/bunya/koyoukintou/seisaku05/01.html
会社規定が優先されるケース
労働基準法の規定は最低限のルールであり、各企業の就業規則や育児・介護休業規程などでは、より労働者に有利な条件が設定されていることがあります。例えば:
- 「産前休業は必ず取得しなければならない」と規定されている
- 産前休業期間が法定の6週間よりも長く設定されている
- 産前休業中の賃金について特別な定めがある
このようなケースでは、就業規則の内容が優先されることになります。したがって、有給休暇で調整する前に、必ず自社の就業規則を確認してください。
医師の指導がある場合の扱い
妊娠中の健康状態によっては、医師から就業制限や休業の指示が出されることがあります。母子健康手帳の「妊娠中の就業等について」の欄に記載されるケースもあるでしょう。
医師から「安静」や「就業制限」などの指導があった場合、労働基準法第65条第3項に基づく「妊娠中の女性の軽易業務転換」や、男女雇用機会均等法第13条に基づく「母性健康管理措置」が適用される可能性があります。
医師の指導がある場合は、安全を最優先に考え、産前休業の取得を検討するほうが望ましいこともあります。無理をして体調を崩すことのないよう、医師と相談の上で判断しましょう。
参考:厚生労働省「母性健康管理指導事項連絡カード」
https://www.mhlw.go.jp/bunya/koyoukintou/seisaku05/02.html
有給利用のメリットは?
産前休暇の代わりに有給休暇を利用する場合、いくつかのメリットがあります。自分の状況に合わせて検討してみましょう。
給与支給を継続できる
産前休業中は、原則として会社からの給与は支給されません(ただし、会社独自の制度で支給されるケースもあります)。その代わりに、健康保険から出産手当金が支給されますが、これは「1日あたりの標準報酬日額の3分の2相当額」となります。
一方、有給休暇中は通常通りの給与が支給されるため、収入面ではより有利になることが多いです。特に、出産に向けた準備資金を確保したい場合は大きなメリットとなります。
柔軟な日程調整が可能
産前休業は原則として出産予定日の6週間(多胎妊娠の場合は14週間)前からの連続した期間を取得します。一方、有給休暇であれば、以下のような柔軟な調整が可能です:
- 体調に合わせて休む日を選べる(例:つわりがひどい日だけ休む)
- 通院日や準備したい日に合わせて計画的に取得できる
- 産前に少し働いて、より長く産後の育児に集中することも可能
業務の繁忙期や重要なプロジェクトの節目などを考慮して、仕事とプライベートのバランスを取りながら調整できる点も大きなメリットです。
年休失効を防げる
有給休暇は付与から一定期間(通常は2年)経過すると消滅してしまいます。産前休暇の代わりに有給休暇を使うことで、失効する可能性のある有給休暇を有効活用できます。
特に、長年勤務してきた方で有給休暇の残日数が多い場合は、この機会に消化しておくことで権利を無駄にせずに済みます。もちろん、産後の育児や予期せぬ事態に備えて、すべての有給休暇を使い切らず、一部は残しておくという選択肢もあります。
参考:厚生労働省「年5日の年次有給休暇の確実な取得」
https://www.mhlw.go.jp/content/000463186.pdf
注意すべきリスクは?
産前休暇を取らずに有給休暇で調整するという選択には、いくつかのリスクや注意点も存在します。事前に把握し、対策を考えておきましょう。
体調変化への備えが不足
妊娠後期は予想以上に体調の変化が大きく、計画通りに進まないことがあります。特に以下のような状況に注意が必要です:
- 突然の体調不良(腰痛、むくみ、高血圧など)
- 切迫早産の兆候
- 胎児の成長に関する医師からの指導
有給休暇を計画的に取得していても、急な体調変化に対応できるように、ある程度の余裕を持ったスケジュールを組むことが大切です。また、いつでも産前休暇に切り替えられるよう、会社との事前合意を得ておくことも検討しましょう。
予定日変更時の再調整
出産予定日は、妊娠経過に伴って変更されることがあります。特に妊娠後期の健診で、胎児の発育状況や母体の状態によって予定日が前後することは少なくありません。
有給休暇を予定日に合わせて計画していた場合、予定日の変更に伴いスケジュールの再調整が必要になるかもしれません。特に以下のようなケースに備えておきましょう:
- 予定日が早まる場合:有給休暇の開始時期を前倒しする必要がある
- 予定日が遅れる場合:予定していた休暇終了後も休みが必要になる
- 緊急入院が必要になった場合:急な休暇取得の手続きが必要
予定日の変更に柔軟に対応できるよう、上司や人事部との連携を密にし、スケジュールの調整がスムーズに行えるようにしておくことをおすすめします。
社内手続き遅延の可能性
産前・産後休業は法定の制度であるため、多くの企業では手続きがスムーズに進むよう体制が整えられています。一方、有給休暇の大量取得は通常のケースとは異なるため、以下のような手続き上の課題が生じる可能性があります:
- 有給休暇申請の承認プロセスが遅れる
- 産休・育休関連の書類提出タイミングがわかりにくい
- 健康保険や社会保険の手続きが複雑になる
これらの問題を回避するためには、早めの準備と会社側との綿密なコミュニケーションが欠かせません。産休・育休制度の担当者に事前に相談し、必要な手続きのスケジュールを明確にしておくことが重要です。
参考:日本年金機構「出産前後の給付」
https://www.nenkin.go.jp/service/jukyu/sonota-kyufu/shibosanpu/20150501.html
スケジュール作成のポイントは?
産前休暇の代わりに有給休暇を使用する場合、効果的なスケジュール作成が成功の鍵となります。以下のポイントを押さえて、無理のない計画を立てましょう。
担当医と相談した上で逆算
スケジュールを作成する際、最も重要なのは医師の意見を尊重することです。妊婦健診の際に以下の点を担当医に相談し、アドバイスを求めましょう:
- 現在の妊娠経過から見て、いつ頃まで勤務を続けることが可能か
- 仕事の内容や通勤時間などを考慮した場合の注意点
- 出産予定日の信頼性(初産か経産婦かによっても異なる)
医師からのアドバイスをもとに、出産予定日から逆算してスケジュールを組み立てます。例えば、出産予定日の2週間前から休暇を始める場合と4週間前から始める場合では、準備できる内容や体調管理の方法も変わってきます。
業務繁忙期とのバランス
職場の繁忙期や重要なプロジェクトのスケジュールと、自身の体調や出産準備の必要性をバランスよく考慮することが大切です。以下のような点を検討しましょう:
- 部署やチームの繁忙期を避けて休暇を計画する
- 重要な会議やイベントの前後に休暇を調整する
- 四半期末や年度末などの業務が集中する時期を考慮する
業務状況を考慮したスケジュールを立てることで、職場への負担を最小限に抑えつつ、自身も安心して休暇を取得することができます。ただし、体調変化によって計画の変更が必要になる場合もあるので、ある程度の柔軟性を持たせておくことも重要です。
引き継ぎ開始日を明確化
スムーズな業務引き継ぎは、安心して休暇に入るための重要なステップです。有給休暇を使用する場合も、産前休暇と同様に、計画的な引き継ぎが必要です。以下のポイントを押さえましょう:
- 休暇開始の1~2ヶ月前から段階的に引き継ぎを始める
- 引き継ぎ資料の作成と共有方法を明確にする
- 臨時対応が必要な場合の連絡ルートを決めておく
- 休暇中の業務フローを可視化する
特に重要な業務や複雑なプロジェクトがある場合は、早めに引き継ぎを開始し、質問対応や追加説明の時間も確保しておくことで、スムーズな移行が可能になります。
以下は、有給休暇を活用した産前のスケジュール例です。ご自身の状況に合わせてアレンジしてください。
時期 | 取り組むこと |
---|---|
出産予定日の3ヶ月前 | ・有給休暇活用プランを上司・人事部と相談 ・医師に勤務継続の可否を確認 ・引き継ぎ計画の大枠を決定 |
出産予定日の2ヶ月前 | ・詳細な休暇取得スケジュールを決定 ・引き継ぎ資料の作成開始 ・産休・育休関連の申請書類の確認 |
出産予定日の1ヶ月前 | ・引き継ぎの本格開始 ・有給休暇申請の手続き完了 ・業務の一部を段階的に移行 |
出産予定日の2週間前~ | ・有給休暇の取得開始 ・最終的な引き継ぎ確認 ・出産に向けた準備に集中 |
法的手続き・書類はどうなる?
産前休暇ではなく有給休暇を取得する場合でも、出産・育児に関する各種手続きは必要です。スムーズに手続きを進めるためのポイントを紹介します。
産前休業申出書を提出しない場合
産前休暇を取得しない場合、通常の「産前休業申出書」は提出する必要がありません。ただし、以下の点に注意が必要です:
- 会社によっては、産前休暇を取得しない旨を書面で提出するよう求められる場合がある
- 産後休業や育児休業については、別途申請が必要
- 産前休暇を取得しないことで、出産予定日の管理などが事務的に煩雑になる可能性がある
具体的な対応方法は会社によって異なるため、人事部や総務部に確認し、必要な手続きを把握しておくことが重要です。
年休取得申請との違い
有給休暇(年次有給休暇)の取得申請は、通常の手続きと同様に行います。ただし、出産前の有給休暇取得には、通常の場合と異なる点がいくつかあります:
- 長期間・連続取得になることが多いため、特別な承認プロセスが必要な場合がある
- 出産に備えた有給休暇であることを明記するよう求められることがある
- 急な体調変化に備えて、柔軟な取得方法を事前に相談しておくことが望ましい
多くの企業では、有給休暇取得の申請フォームや電子システムが用意されています。長期取得の場合は、通常より早めに申請することをおすすめします。
健康保険手続きの留意点
出産に関連する健康保険の給付には、主に「出産育児一時金」と「出産手当金」があります。有給休暇を取得する場合の留意点は以下の通りです:
- 出産育児一時金:出産につき42万円(令和5年4月以降)が支給されます。有給休暇を取るかどうかに関わらず、出産すれば受給できます。
- 出産手当金:産前・産後の休業期間中の所得保障として、標準報酬日額の3分の2が支給されます。ただし、有給休暇で給与が支払われる日は出産手当金の支給対象外となります。
出産手当金は、産前42日(多胎妊娠の場合は98日)から産後56日までの範囲内で、会社を休んだ期間に支給されます。有給休暇と産前・産後休業を組み合わせる場合は、それぞれの期間を明確にしておく必要があります。
参考:全国健康保険協会「出産育児一時金」
https://www.kyoukaikenpo.or.jp/g3/cat310/sb3040/r150/
参考:全国健康保険協会「出産手当金」
https://www.kyoukaikenpo.or.jp/g3/cat320/sb3180/r137/
会社と合意形成するコツは?
産前休暇を取得せずに有給休暇で調整するためには、会社の理解と協力が不可欠です。円滑に合意形成するためのコツを紹介します。
リスクと代替案をセットで提示
上司や人事担当者に相談する際は、単に「産前休暇を取らずに有給休暇を使いたい」と伝えるだけでなく、考えられるリスクと代替案をセットで提示することが効果的です。例えば:
- 「体調が急変した場合は、すぐに産前休暇に切り替えます」
- 「毎週の健診結果を共有し、医師の指示があればすぐに対応します」
- 「出産予定日が変更になった場合の調整方法も事前に決めておきたいです」
リスク管理の視点を持っていることを示すことで、会社側も安心して計画を承認しやすくなります。また、自身の健康管理に対する責任感も示すことができます。
体調報告のルールづくり
妊娠後期は体調の変化が大きい時期です。会社との信頼関係を築くためにも、定期的な体調報告のルールを設けることが有効です。例えば:
- 週1回の健診結果を上司にメールで報告
- 体調変化があった場合の連絡方法を明確化
- 在宅勤務や時短勤務などの柔軟な働き方の検討
透明性の高いコミュニケーションを心がけることで、会社側も安心して協力してくれるでしょう。特に初めてのケースとなる職場では、前例を作る意味でも丁寧な対応が重要です。
チームワークを保つコミュニケーション
長期間の休暇取得は、チームメンバーにも影響を与えます。スムーズな移行と良好な関係を維持するためのコミュニケーションが重要です:
- チーム全体への休暇計画の共有(タイミングは上司と相談)
- 業務引き継ぎの進捗状況を定期的に共有
- 休暇中の連絡方法や緊急時の対応についての説明
- 復帰予定時期の見通しを伝える
適切なコミュニケーションにより、チームメンバーの理解と協力を得られやすくなります。特に直接業務を引き継ぐ同僚には、詳細な説明と感謝の気持ちを伝えることが大切です。
会社との合意形成には、個人の状況や職場環境によって最適なアプローチが異なります。自身の希望を明確にしつつも、柔軟な姿勢で交渉を進めることがポイントです。
よくある質問Q&Aは?
産前休暇を取らずに有給休暇で調整する際に、多くの方が疑問に思う点について、Q&A形式で解説します。
「途中で産前休暇に切り替え可能?」
Q: 有給休暇で調整していたけれど、体調が思わしくないので途中から産前休暇に切り替えることはできますか?
A: はい、可能です。有給休暇取得中でも、産前休暇への切り替えは随時可能です。労働基準法では、出産予定日の6週間前(多胎妊娠の場合は14週間前)から請求があれば産前休業を取得できると定められています。
切り替えの手続きとしては、通常の産前休業申出書を提出し、医師の診断書等を添付することになります。具体的な手続きは会社によって異なる場合があるので、人事部に確認しておくと安心です。
なお、切り替えのタイミングで給与から出産手当金への変更も生じるため、収入面での計画も見直す必要があります。
「有給残が足りない場合は?」
Q: 産前まで有給休暇で調整したいけれど、残日数が足りません。どうすればよいでしょうか?
A: 有給休暇の残日数が足りない場合、以下のような対応策が考えられます:
- 有給休暇と産前休暇の併用:例えば、週の前半は勤務、後半は有給休暇というパターンで調整し、出産直前の期間のみ産前休暇を取得する
- 時差出勤や在宅勤務の活用:フルタイムでの休暇ではなく、働き方の調整で体調管理をする
- 特別休暇の検討:会社によっては、妊娠中の女性向けの特別休暇制度がある場合もある
また、年度末など有給休暇の更新時期が近い場合は、新たに付与される有給休暇も考慮に入れることができます。いずれにしても、上司や人事部と早めに相談し、最適な方法を見つけることが大切です。
「会社が有給取得を拒否したら?」
Q: 産前に有給休暇を取得したいと申し出たところ、会社から「産前休暇を取るべき」と言われました。拒否することはできますか?
A: 年次有給休暇は労働者の権利であり、原則として労働者の希望する時季に与えなければならないとされています(労働基準法第39条第5項)。ただし、「事業の正常な運営を妨げる場合」には、会社は時季変更権を行使できます。
産前休暇は労働者の請求に基づくものであり、会社が「産前休暇を取るべき」と指示することはできません。ただし、医師等から就業制限の指示があった場合や、会社の就業規則で産前休暇の取得が義務付けられている場合は例外となります。
このような状況では、まず会社の懸念点を理解し、対話を通じて解決策を見つけることが重要です。例えば、定期的な体調報告や、医師の診断書の提出などで会社の不安を軽減できる可能性があります。
参考:厚生労働省「年次有給休暇の時季指定について」
https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/faq_kijyungyousei05.html
会社との対話で解決しない場合は、労働基準監督署や都道府県の労働局に相談することも一つの選択肢です。ただし、長期的な関係を考えると、可能な限り話し合いでの解決が望ましいでしょう。
まとめ
産前休暇を取らずに有給休暇で調整することは、法律上可能であり、いくつかのメリットがあります。特に給与の継続や柔軟なスケジュール調整という点で魅力的な選択肢です。
ただし、体調管理のリスクや予定日変更時の対応、会社との調整など、いくつかの課題もあります。これらに対応するためには:
- 医師との相談を定期的に行い、体調変化に敏感に対応する
- 会社との透明性の高いコミュニケーションを心がける
- リスク管理の視点を持ち、代替案も準備しておく
- 法的な手続きや書類提出のスケジュールを把握しておく
何より重要なのは、母体と胎児の健康を最優先に考えることです。無理なく安全に働き続けるための選択として、自分自身の状況に合った最適な方法を選びましょう。
産前・産後の期間は人生の中でも特別な時期です。職場との良好な関係を維持しながら、出産・育児に向けた準備を整えていくことで、より充実した体験になるでしょう。
参考:厚生労働省「妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント防止措置は事業主の義務です」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000137178.html

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