ナスカの地上絵はなぜ消えない?2000年残り続ける5つの理由と迫りくる危機

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ペルーの乾いた大地に刻まれた、あまりにも巨大な絵。テレビや書籍で「ナスカの地上絵」を目にするたび、ふと不思議に思ったことはありませんか?

「砂漠に描かれた絵が、どうして2000年も消えずに残っているんだろう?」

雨が降れば流されそうだし、風が吹けば砂に埋もれてしまいそう。それなのに、古代の人々が残した繊細な線は、現代に生きる私たちの目にもはっきりと見える形で存在し続けています。これは一体どういうことなのでしょうか。

この記事では、そんな素朴でありながら本質的な疑問に、できるだけわかりやすくお答えしていきます。地上絵が消えずに残っている科学的な理由はもちろん、今この瞬間も地上絵を脅かしている危機、そして「そもそも何のために描かれたのか」という永遠の謎まで、まるっと解説していきますね。

難しい専門用語は使いませんので、どうぞ気軽に読み進めてください。読み終わる頃には、きっとナスカの地上絵がもっと好きになっているはずです。

目次

ナスカの地上絵が2000年も消えずに残っている5つの理由

最初に結論からお伝えしましょう。ナスカの地上絵が長い年月を経ても消えない理由は、決して魔法や超常現象ではありません。答えは、地球がまるで遺跡を守るために用意したかのような、複数の「奇跡的な条件」が偶然にも重なり合った環境にあります。

一つひとつの条件は、それ自体は特別珍しいものではないかもしれません。しかし、それらが同時に、しかも絶妙なバランスで存在しているからこそ、2000年という途方もない時間を超えて地上絵は残り続けてきたのです。

理由その1:ほとんど雨が降らない「究極の乾燥地帯」

ナスカの地上絵が描かれているのは、南米ペルーの南部に位置する「ナスカ台地」という場所です。ここは地球上でも指折りの乾燥地帯として知られており、年間の降水量はなんとわずか5ミリ程度しかありません。

この数字がどれほど少ないか、日本と比べてみるとよくわかります。東京の年間平均降水量は約1500ミリですから、ナスカはその300分の1以下。ほぼ雨が降らないと言っても過言ではない環境なのです。

さて、ここで地上絵がどのように描かれているかを思い出してみましょう。地上絵の正体は、地表を覆っている黒っぽい砂や小石を数センチから数十センチほど取り除いて、その下に隠れている白っぽい地面を露出させたもの。つまり、言ってみれば「超巨大な引っかき絵」なのです。

もしこの地域に日本のような梅雨があったり、熱帯地方のようなスコールが降ったりしたら、どうなるでしょうか。おそらく地上絵は一瞬で洗い流され、跡形もなく消えてしまうに違いありません。「雨がほとんど降らない」という気候条件こそが、地上絵を2000年にわたって守り続けてきた最大の要因と言えるでしょう。

理由その2:地表に強い風が吹かない「天然の風よけ」

「砂漠」と聞くと、多くの人は砂嵐が吹き荒れる荒涼とした光景を思い浮かべるのではないでしょうか。確かに世界には、猛烈な砂嵐で地形が変わってしまうような砂漠も存在します。しかし、ナスカ台地はそうした一般的な砂漠のイメージとは少し異なります。

実は、ナスカ台地では地上絵を削り取ってしまうほどの強い風がほとんど吹きません。これには、砂漠特有のとても興味深い現象が関係しています。

日中、強烈な太陽光線がナスカの大地を照りつけると、地表の岩石は非常に高温になります。すると、熱せられた岩石によって地表付近の空気も温められ、暖かい空気の層ができあがるのです。この層が、いわば「空気のクッション」のような役割を果たします。上空から吹いてくる風は、この暖かい空気の層に遮られて、直接地面に当たることができないのです。

結果として、地上絵が描かれている地表は強風から守られ、風による浸食をほとんど受けずに済んでいます。まさに自然が作り出した「天然の風よけバリア」と言えるでしょう。

理由その3:地面が自然に固まる「天然のコーティング効果」

ナスカの地上絵が描かれている地面は、実はただの砂地ではありません。表面には黒っぽい礫(小石や砂利)の層がありますが、その下には石膏を多く含んだ明るい色の粘土層が存在しています。そして、この粘土層こそが地上絵の長期保存に一役買っているのです。

ナスカ台地には雨こそ降りませんが、夜間には気温が下がることで霧や夜露がわずかに発生します。この微量な水分を粘土層が吸収し、翌日の強い日差しで急速に乾燥する。このサイクルが毎日のように繰り返されています。

すると何が起こるかというと、粘土に含まれる石膏などの鉱物が水に溶け出し、乾燥する際に地表で再び固まります。これがまるで天然のラミネート加工、あるいはコーティングのように機能して、地表を硬く保護するのです。このおかげで、一度描かれた線は簡単に崩れることなく、長い年月にわたってその形を維持できています。

理由その4:絵を荒らす動物がいない「無人の聖域」

これほどまでに厳しい乾燥環境では、植物がほとんど育ちません。草も木もない荒野には、当然ながらそれを食べて生きる動物も住み着くことができません。つまり、ナスカ台地には地上絵を踏み荒らすような大型動物が存在しないのです。

もしこの地域に草原があり、野生の動物たちが歩き回っていたとしたら、地上絵はとっくの昔に蹄の跡だらけになっていたかもしれません。動物による破壊のリスクがゼロに近いという点も、地上絵の保存状態の良さを支えている重要な要素の一つです。

理由その5:人類による継続的な保護活動

ここまでは自然環境がもたらした幸運について説明してきましたが、地上絵が現代まで残っている理由はそれだけではありません。1926年に航空機から地上絵が「再発見」されて以降、人類の貴重な遺産として守ろうとする多くの人々の努力も、非常に大きな役割を果たしてきました。

とりわけ、その生涯をナスカの研究と保護に捧げたドイツ人女性、マリア・ライヘの貢献は計り知れないものがあります。彼女については後ほど詳しくご紹介しますが、地道な清掃作業から立ち入り制限の働きかけ、世界への啓蒙活動まで、一人の人間がこれほど遺跡の保存に尽力した例は稀でしょう。

現在もナスカの地上絵は、ペルー政府と国際社会による厳重な管理のもとで保護されています。奇跡的な自然環境に加えて、「この遺産を未来に残したい」という人々の強い意志があってこそ、私たちは今も地上絵を目にすることができるのです。

消滅の危機:ナスカの地上絵を脅かす現代の脅威

奇跡のような環境と、多くの人々の献身的な努力によって守られてきたナスカの地上絵。しかし残念ながら、その未来が安泰であるとは言い切れません。現在、地上絵は複数の深刻な脅威にさらされており、最悪の場合、私たちの世代で失われてしまう可能性すらあるのです。

脅威1:都市化の進行と人為的な破壊行為

ナスカ周辺の地域では、年々都市化が進んでいます。住宅地や道路が広がるにつれて、地上絵の存在を知らない人々が意図せず保護区域に侵入してしまうケースが増えているのです。

過去には、残念ながら故意による破壊行為も発生しています。

2014年には、国際的な環境保護団体であるグリーンピースが、気候変動問題への注意喚起を目的として、ハチドリの地上絵の近くに巨大なメッセージを設置しました。この活動自体は環境保護という善意に基づいたものだったかもしれませんが、問題はその実施方法にありました。関係者たちが立ち入り禁止区域に土足で踏み込み、2000年間守られてきた繊細な地表を踏み荒らしてしまったのです。この行為は世界中から激しい非難を浴びました。

2018年には、別の悲劇が起きました。トラックの運転手が道を誤り、保護区域内に車両で侵入してしまったのです。重量のあるトラックが走った跡は、複数の直線や地上絵に深い傷跡として残り、修復不可能なダメージを与えてしまいました。

ナスカの地上絵が広がるエリアは、横浜市に匹敵する約450平方キロメートルという途方もない広さです。これほど広大な範囲を24時間体制で監視し続けることは、現実的には非常に困難であり、同様の事故や事件が再び起こるリスクは常に存在しています。

脅威2:地球温暖化と気候変動という見えない敵

そして、最も深刻で対処が難しい脅威が、地球規模で進行している気候変動です。先ほど説明したように、「雨が降らない」という条件こそが地上絵を守ってきた最大の要因でした。しかし今、その大前提が揺らぎ始めています。

近年、エルニーニョ現象などの影響により、これまで乾燥していた地域で異常な豪雨が発生するケースが世界的に増えています。ナスカ周辺地域も例外ではなく、数年前には大雨による洪水が発生し、実際にいくつかの地上絵が損傷するという被害が報告されました。

もし将来、ナスカ台地そのものにまとまった量の雨が降るようになったら、どうなるでしょうか。2000年という長い時間をかけて奇跡的に保たれてきたバランスは、わずか数時間の豪雨で崩壊してしまうかもしれません。地上絵を守ることと、地球環境全体を守ることは、実は深いところで繋がっているのです。

マリア・ライヘ:ナスカに人生を捧げた「砂漠の聖女」

ナスカの地上絵について語る上で、この人物を抜きにすることはできません。マリア・ライヒェ、あるいはマリア・ライヘ(1903年-1998年)。ドイツのドレスデンに生まれた彼女は、もともとは数学と天文学を学んだ学者でした。

1930年代、ペルーで家庭教師として働いていたライヘは、考古学者ポール・コソックの助手としてナスカを訪れます。そこで目にした地上絵に、彼女は心を完全に奪われてしまいました。以来、彼女はナスカの謎を解明し、この遺産を守ることに自らの全人生を捧げる決意をします。

1940年代、ライヘはたった一人でナスカの砂漠に移り住みました。電気も水道もない粗末な小屋で暮らしながら、彼女は自分の貯金をすべてつぎ込んで研究を続けました。毎日、灼熱の太陽の下で砂漠を歩き回り、ほうきを手に地上絵の清掃を行い、巻き尺で測量を続けたのです。

当初、地元の人々は彼女のことを「砂漠に住む変わり者の魔女」と呼んでいました。しかし、ある出来事が彼女への見方を一変させます。ペルー政府が砂漠を横断する道路を建設しようとしたとき、その計画ルートが地上絵を通過することがわかりました。ライヘは建設現場に駆けつけ、ブルドーザーの前に身を投げ出して道路建設を止めさせたのです。

命をかけて地上絵を守ろうとする彼女の姿に、人々は深い感銘を受けました。やがて彼女は敬意を込めて「ナスカの母」「砂漠の貴婦人」と呼ばれるようになります。彼女が1998年に95歳で亡くなるまで、実に50年以上にわたってナスカの研究と保護に捧げた功績は、何ものにも代えがたいものです。

マリア・ライヘの存在がなければ、おそらく多くの地上絵は道路の下敷きになったり、開発によって破壊されたりして、今頃は失われていたことでしょう。彼女の功績を称え、ペルー政府は外国人でありながら彼女をペルーの地に埋葬するという最高の栄誉を与えました。ナスカの町には彼女の名を冠した博物館があり、今も多くの人々が訪れています。

ナスカの地上絵の基礎知識をおさらいしよう

地上絵が消えない理由と、それを脅かす危機について理解したところで、ここからは「そもそもナスカの地上絵とは何なのか」という基本的な情報をあらためて整理していきましょう。知れば知るほど、その謎は深まっていきます。

ナスカの地上絵はどこにある?

ナスカの地上絵があるのは、南米ペルー共和国の南部です。首都リマから南へおよそ400キロメートル、太平洋沿岸から内陸に入った高原地帯に位置しています。具体的には、ナスカ川とインヘニオ川という二つの河川に挟まれた広大な台地が、地上絵のキャンバスとなっています。

この台地の面積はおよそ450平方キロメートル。この数字だけではピンとこないかもしれませんが、日本の横浜市の面積(約437平方キロメートル)とほぼ同じと言えば、その広大さが伝わるでしょうか。東京ドームに換算すれば約10,000個分、JR山手線の内側の面積の約7倍にも相当します。古代の人々がこれほど巨大な「キャンバス」に絵を描いたという事実に、あらためて圧倒されます。

いつ、誰が描いたのか?

地上絵が描かれた時期は、紀元前2世紀から紀元後7世紀頃とされています。今からおよそ1400年から2200年ほど前のことです。この時代、この地域で栄えていたのが「ナスカ文化」と呼ばれる古代文明であり、地上絵を描いたのはナスカ文化を担った人々、つまり古代ナスカ人であると考えられています。

ただし、具体的にどのような人々が地上絵の制作に関わったのかは、いまだに謎のままです。神官のような特別な地位にある人間が設計と指揮を担当したのか、それとも集落の人々が共同作業として描いたのか。当時の社会組織や宗教的な背景については、わかっていないことの方が多いのが実情です。

どうやって巨大な絵を描いた?

飛行機もドローンもない時代に、上空からでなければ全体像を確認できないほど巨大な絵を、どうやって正確に描くことができたのでしょうか。これもナスカの地上絵をめぐる大きな謎の一つですが、最も有力とされている説をご紹介します。

現在、多くの研究者が支持しているのは「拡大法」と呼ばれる方法です。まず、地上で確認できるサイズの小さな原画(下絵)を作成します。次に、その原画の中心点と、実際に描きたい巨大な地上絵の中心点を決めます。そして、杭を打ち、ロープを張り、原画に描かれた線の角度と距離を測りながら、コンパスや分度器の原理を応用して原画を何十倍、何百倍にも拡大して描いていったというものです。

この説を裏付ける証拠もあります。実際に地上絵の周辺からは、杭として使われたと思われる木の棒が発見されているのです。つまり、ナスカの地上絵は宇宙人や超自然的な力によるものではなく、古代の人々の優れた計画性と、シンプルだけれども確実な測量技術によって描かれたと考えられています。

何のために描かれた?ナスカ最大の謎に迫る3つの仮説

「どうやって描いたか」という疑問についてはある程度の答えが出ていますが、「何のために描いたか」という目的については、今もって確かなことはわかっていません。空からでなければ見えない巨大な絵を、古代の人々はなぜ、そして誰のために描いたのでしょうか。

研究者たちによって様々な仮説が提唱されていますが、ここでは代表的な3つの説をご紹介します。どれが正解なのか、あるいは複数の目的が複合的に存在したのか、真実は古代ナスカ人だけが知っています。

仮説1:雨乞いの儀式のための「聖なる道」だった

ナスカ文化は農耕を基盤とした社会でしたが、先ほど述べたように、この地域は極度に乾燥しています。当然ながら、農業にとって水は死活問題であり、雨をもたらしてくれる神々への信仰や祈りは非常に重要だったと推測されます。

注目すべきは、多くの地上絵が「一筆書き」で描かれているという点です。複雑に見える動物の絵も、よく見ると線が交差することなく、一本の連続した線で構成されていることがわかります。これは、人々がこの線の上を歩いて進むことを前提に設計されていたのではないか、という見方ができます。

つまり、地上絵は人々が列をなして歩きながら雨乞いの祈りを捧げるための「儀式用の通路」、すなわち「聖なる道」だったのではないかという説です。

仮説2:聖地への「巡礼路」だった

この説は、日本の山形大学の研究チームが近年提唱しているもので、国際的にも注目を集めています。ナスカ文化には「カワチの神殿」と呼ばれる巨大な宗教都市が存在しました。この聖地カワチへ向かうための「巡礼の道」として、地上絵が機能していたのではないかという仮説です。

直線の多くがカワチの方角を向いていること、そして巨大な動物の絵が巡礼の途中で立ち寄る「儀礼場」や、道を示す「目印」として配置されているように見えることが、この説の根拠となっています。宗教的な巡礼という観点から地上絵を捉え直す、興味深いアプローチです。

仮説3:季節を知るための「巨大な天文カレンダー」だった

この説を提唱したのは、先ほどご紹介したマリア・ライヘです。数学と天文学のバックグラウンドを持つ彼女は、地上絵の配置と天体の動きとの関連性を長年にわたって研究しました。

その結果、いくつかの直線や動物の絵が、夏至や冬至の日に太陽が昇る方向、あるいは沈む方向と正確に一致していることを発見しました。また、サルやクモなどの地上絵の向きが、特定の星座の位置と対応している可能性も指摘されています。

農耕社会にとって、種まきや収穫の適切な時期を知ることは極めて重要でした。地上絵は、季節の移り変わりを正確に把握するための壮大な天文観測装置、つまり「巨大なカレンダー」として機能していたのではないか、というのがライヘの仮説です。

日本が世界をリードするナスカ研究とAIによる新発見

ここで、日本人として誇らしいニュースをお伝えしましょう。実は現在、ナスカの地上絵の学術研究において、世界の最前線を走っているのが日本の研究チームなのです。

山形大学は2004年からペルー政府の正式な許可を得てナスカ台地の調査を開始し、長年にわたって地道な研究を続けてきました。そして近年、研究は新たな段階へと進化しています。それが、人工知能(AI)を活用した地上絵の発見です。

2000年という長い年月の間に、風化によって肉眼ではほとんど見えなくなってしまった地上絵も数多く存在します。人間の目でそれらを一つひとつ探し出すのは、途方もない作業です。そこで山形大学のチームは、AIに大量の航空写真を解析させることで、人間が見落としてしまうような微かな線の痕跡を検出するという手法を開発しました。

この革新的なアプローチは目覚ましい成果を上げています。これまでに知られていなかった168点もの新たな地上絵が発見されるなど、ナスカ研究の歴史を塗り替える発見が相次いでいるのです。新発見の中には、頭に羽飾りをつけた人物像や、これまで見たことのないようなネコ科の動物など、ユニークなモチーフも多く含まれています。

AIと人間の研究者が協力することで、ナスカ文化の全体像がより鮮明になりつつあります。今後の研究のさらなる進展が期待されます。

ナスカの地上絵を実際に見る方法

ここまで読んでいただいた方の中には、「実際にこの目で見てみたい!」と思った方もいらっしゃるのではないでしょうか。ここでは、ナスカの地上絵を見る二つの方法をご紹介します。

現地でセスナ遊覧飛行を体験する

ナスカの地上絵をその目で見る最もポピュラーな方法は、小型飛行機(セスナ)に乗って上空から眺める遊覧飛行ツアーに参加することです。

日本からの行き方としては、まずペルーの首都リマに飛行機で向かいます。リマからナスカの町までは長距離バスで6時間から8時間ほどかかりますが、バスの旅そのものもペルーの風景を楽しめる貴重な体験になるでしょう。ナスカの町には遊覧飛行専用の小さな空港があり、そこから飛び立つツアーが多数運行されています。

時間に余裕がない方には、リマ近郊のピスコという町の空港から出発し、日帰りでナスカ上空を巡るツアーもあります。ナスカに宿泊する場合は、地上から「手」や「木」の地上絵を見ることができる展望台「ミラドール」に立ち寄ることもできます。

セスナ遊覧の醍醐味は、なんといってもそのスリルです。パイロットは左右どちらの座席の乗客にも地上絵がよく見えるように、各ポイントで機体を大きく傾けて旋回してくれます。「コンドル!」「スパイダー!」と声をかけながら見どころを教えてくれるのですが、傾きが大きいため乗り物酔いしやすい方は注意が必要です。酔い止め薬の服用を強くおすすめします。また、事前にガイドブックやウェブサイトで各地上絵の形を頭に入れておくと、上空でもすぐに見つけやすくなりますよ。

自宅からGoogle Earthで探検する

「ペルーまではちょっと遠い…」という方でも、諦める必要はありません。現代のテクノロジーを使えば、自宅にいながらにしてナスカの地上絵を探検することができます。無料で使えるGoogle Earthを活用しましょう。

Google Earthを開いたら、検索ボックスに「Nazca Lines, Peru」と入力してみてください。地図がペルーのナスカ地域にズームインします。ただし、広大な砂漠の中からやみくもに地上絵を探すのは大変です。そこで、有名な地上絵の英語名で直接検索するのがコツです。

たとえば、「Hummingbird, Nazca」と検索すればハチドリの地上絵に、「Monkey, Nazca」と検索すればサルの地上絵に、「Spider, Nazca」と検索すればクモの地上絵に、それぞれピンポイントでジャンプできます。

衛星写真を拡大したり縮小したりしながら、地上絵の巨大さや、周辺に無数に存在する直線の多さを、ぜひ実感してみてください。思わず時間を忘れて見入ってしまうこと間違いなしです。

これだけは押さえたい!代表的な地上絵5選

「ナスカの地上絵」というと、ハチドリやサルなどの動物の絵を思い浮かべる方が多いと思いますが、実は動物や植物などの具体的な形を描いた絵は、全体のごく一部に過ぎません。地上絵の大部分は、何キロにもわたって伸びる直線や、三角形、台形、渦巻きといった幾何学模様で占められているのです。

とはいえ、やはり見る人の心を捉えるのは、生き生きとした姿の動物たちや、謎めいた人物像でしょう。ここでは、特に有名で象徴的な5つの地上絵をピックアップしてご紹介します。

まず、ナスカの地上絵といえば真っ先に名前が挙がるのが「ハチドリ」です。全長はおよそ96メートル。シャープな直線で構成された美しいフォルムが特徴で、保存状態が非常に良いことでも知られています。まさにナスカのシンボル的存在と言えるでしょう。

次に紹介するのは「サル」です。全長約110メートルで、ハチドリよりもさらに大きなサイズを誇ります。最大のユニークポイントは、くるくると巻いた渦巻き状の尻尾。そして、片方の手をよく見ると指が4本しかありません。なぜ5本ではないのか。この「指の数」に何か特別な意味が込められているのかもしれません。

3つ目は「クモ」です。全長は約46メートルとやや小ぶりですが、生物学的な正確さで知られています。脚の描写などは専門家も驚くほど精密で、繁殖器まで描かれているという指摘もあります。また、このクモのモデルとなった種は、ナスカからはるか遠く離れたアマゾンの奥地にしか生息しない種類であることがわかっています。なぜナスカの人々がその姿を知っていたのか、これもまた謎の一つです。

4つ目は、通称「宇宙飛行士」あるいは「巨人」と呼ばれる人物像です。丘の斜面に描かれたこの絵は、片手を上げて何かに向かって手を振っているような姿をしています。丸い頭部がまるでヘルメットを被っているように見えることからこの愛称がつきましたが、実際には古代の神々やシャーマン(呪術師)の姿を表しているのではないかと考えられています。

最後は「手」の地上絵です。全長約50メートルのこの手も、サルと同様に片方の指が4本しかありません。近くには「木」の地上絵もあり、これらは展望台ミラドールから地上で見ることができる数少ない絵として知られています。

オカルト好きのための余談:宇宙人説の真相

さて、ここからは少しばかり楽しいお話をしましょう。ナスカの地上絵といえば、必ずといっていいほど語られるのが「宇宙人説」です。なぜ、これほどまでにナスカと宇宙人が結びつけられるようになったのでしょうか。

理由はいくつか考えられます。まず、「空からでなければ見えない巨大な絵」という性質です。飛行機やヘリコプターがなかった時代に、地上にいる人間には全体像を確認できないほど巨大な絵を描く意味があったのでしょうか。ここから、「古代の人々は空を飛ぶ存在、つまり宇宙からの来訪者に向けてメッセージを描いたのではないか」という発想が生まれました。さらには、「長い直線は宇宙船が着陸するための滑走路だったのではないか」という説まで登場しています。

また、「古代の技術であれほど正確で巨大な絵を描くのは不可能であり、宇宙人のような高度な文明から技術提供があったに違いない」という主張もあります。

もちろん、これらの説は科学的な根拠に乏しく、考古学の世界では真剣に取り上げられることはありません。先ほど説明したように、杭とロープを使った測量技術で、地上絵は十分に描けるのです。

しかし、こうしたオカルト的な説がなかなか消えないのには、理由があります。ナスカ周辺からは、異常に頭蓋骨が長く変形した「長頭人骨」が発見されていたり、三本指のミイラが見つかったという報告があったりと、謎めいた話題が後を絶たないのです(ただし、長頭人骨は幼児期に頭部を布で締め付ける風習によるもの、三本指のミイラは捏造という見方が有力です)。

真実は古代のナスカ人だけが知っています。しかし、科学では割り切れない謎について、想像の翼を広げてみるのも、古代遺跡を楽しむ醍醐味の一つではないでしょうか。あなたはどのように考えますか?

まとめ:奇跡の環境が守る、はかなくも美しい人類の遺産

この記事では、「ナスカの地上絵はなぜ消えないのか?」という疑問を出発点に、地上絵にまつわる様々な謎と魅力をご紹介してきました。

地上絵が2000年もの間消えずに残っている理由は、年間降水量わずか5ミリという極度の乾燥、地表に強風が吹き付けることを防ぐ暖かい空気の層、そして石膏を含む地面が自然に硬化するという特殊な地質条件。これら複数の奇跡が偶然にも重なり合った、地球上でもまれに見る環境にあります。そして、それを未来に残そうとするマリア・ライヘをはじめとする人々の献身的な努力も、忘れてはなりません。

しかし同時に、このはかなくも美しい遺産が、都市化や気候変動といった現代の脅威にさらされていることもお伝えしました。2000年間保たれてきた奇跡的なバランスは、非常に繊細なものです。私たちの行動次第で、いつ崩れてもおかしくありません。

地球環境に関心を持ち、その保全に貢献すること。それは巡り巡って、ナスカの地上絵のような人類共通の宝物を守ることにも繋がっています。日本の研究チームによるAIを活用した新発見など、ナスカ研究はまさに今も進行中です。新たな謎が解き明かされる日を、一緒に楽しみに待ちましょう。

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